いま、チビ(16歳のメス猫)は、電気ストーブの前で寛いで寝ています。
胃の下あたりにガンが見つかって、1週間。
しばらくおさまっていた嘔吐も、また水っぽい胃液をすこし吐くようになってきた。早朝、お昼と、今日は2回。それでも、ウェットフードは食いつきもいいし(食べられる量はほんの少しだが)栄養補給のために買ったカロリーエースプラス(ミルクよりやや濃いめの流動食、1缶85g入り)も、2〜3回に分けて、お皿に入れて与えるとペロペロとよく飲んでくれる。
体重は、2kg とだいぶ痩せた。
ことしの春頃から、軟便や下痢、嘔吐が治らず、3月に測ったときにはミミ(5月逝去)と同じく、3.3kg しかなかった。
それでも、当時はいまより食欲もあって、だから、ついついミミの世話にかまけて、獣医師さんには連れていけなかった。あれから半年、徐々にチビは体力を落としていった。
半年前に、診察を受けていても、2匹同時に世話してやることは出来なかったと思う。
チビにはすまないが、それが本音だ。
抗がん剤やステロイドの治療を提案されても、それを受ける経済的な余裕はなかった。
これも本音だ。
わたしにしてやれることは、彼女の余生をストレスなく、ゆっくりと過ごさせてやることだけ。人間でいえば80歳を超えた身体に負担をかけることなく、残された日々をともにのんびりと暮らそうと思う。
今日、バイト先の上司に事情を話して、仕事を続けるのは無理だと、やめさせてもらってきた。
正直、疲れていた。
朝のあわただしい時間をやりくりして、彼女らに餌をやり、身支度をして家を出る。
一歩、外に出たら、猫のことは忘れる。
それがもう、限界に、きていた。
たった週2日のバイトでさえ、心の重荷になっていた。
先週は、昼間のフルタイムの仕事を、午前中だけにしてもらった。
でも、そんな風にずっと融通してもらえるはずなどないことは、わたしにもわかっていた。
いま、チビは懸命に生きようとしている。
ミミのときと同じように、辛いとも痛いとも言わない。
懸命になって餌をねだり、おなかが満ちると、過ごしやすい居場所にもどって身体を休めている。ミミがそうだったように。
ミミのときと同じ餌に替えたら、不思議と下痢はおさまった。逆に便秘ぎみになって、困ったなぁと思っていた矢先、試しに与えたカロリーエースプラスが効いて、便秘も解消。
たまの嘔吐や、トイレでの粗相も、すぐに始末してやればいいだけだし(仕事に行っていたときは、それを放ったままにしておかねばならないのが苦になっていたから)わたしもストレスは溜めないでやっていける。
少しずつ少しずつ衰えていくであろう彼女の体力に寄り添って、生きていこう。
1ヶ月か、2ヶ月か、あるいはもっと短いか。
痩せて小柄になった彼女は、まるで家にきたばかりの頃の子猫に戻っていくみたいだ。
そうやって、神様のもとに帰っていく日まで、のんびり過ごそう。
ガンという病いと闘う道は、あえて選ばなかった。
末期の肺ガンで亡くなった母の苦しみを見ていて、わたしはさまざまなことを学んだ。
一番つらい思いをして苦しんだのは、とうぜん母本人だったが、看病のため付き添っていた家族も共に苦しんだ。つらい治療に耐えている姿を、そばで見ているしかない歯痒さ。
あれは、二度と味わいたくない。
言葉で訴える事をしない猫に対して、わたしがしてやれることはなんなのだろう?
いくらかでも、安心を与えることではないだろうか。
静かに見送る、その日まで。