2009.12.21

もう泣いてもいいのかな、、、

今朝、10時にかかりつけ医(心療内科)の診察を受けて来た。
昨年から、制度がかわり、月に一度受診することが義務づけられ、30日分の処方箋が出るかたちになった。

主治医とのつきあいも、もう10年くらいになる。
ひとつ年上の、さっぱりした性格の女医さんなので、なんでもざっくばらんに話せる。カウンセリングというより、愚痴を聞いてもらったり、世間話をしたりという間柄。

チビの49日が近づいて、睡眠障害もいくらか回復傾向にある。
先月は、落ち込みが激しく、現実逃避のため、とにかく日中でも布団に入って眠っていた。

最近でも、まだその習慣は残っているが、逃避のためではなくなってきた。
いま居る3匹のために、生きていくため。
夫を支えて、生きていくため。

一生懸命、生き抜いてくれたミミやチビに、感謝の気持ちを贈るため。

だから、もう泣いてもいいよね。
涙、流してもいいよね。

うん、心のどこかで、ストッパーかけて、泣くことを避けていたんだと思う。
泣いたら、潔く逝った彼女らに申し訳ないような気がして。
でも、もういいよね。許してくれるよね。

時折、雪が舞うけど、それ以外は、青空が顔を見せる。
きれいな、きれいな、澄み切った青空です。
雪の日だからこそ見れる、きれいな空です。

ミミやチビの、澄み切った瞳みたいに。

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2009.12.17

雪雷(ゆきがみなり)

早朝から雪。
北陸特有の雪雷も鳴りだした。

チビは、雷が苦手だった。
音が鳴り始める前から、大あわてで本棚の奥(裏の隙間)に逃げ込んで、鳴り終わっても出てこなかった。犬ほどではないが、猫の聴覚も感度がいいらしく、人間には聴こえない音が聴こえるらしい。
だから、ピカッと光がきて、ゴロゴロ鳴りだす前には、もう安全なところでじっと隠れていた。

チビが逝って、1ヶ月が経った。
きのう、やっと夫に想いのたけを吐き出せた。
胸の中の奥深いところにくすぶっていたものも、すべて吐き出してしまった。
ミミとチビを続けて亡くした哀しみを共有できるのは、やはり、夫しかいない。
でも、仕事で疲れている様子を見ると、つい遠慮してしまい、想いは自分ひとりで抱えてきた。

ブログで、文章で表すときも、なるだけ感情的にはならないように、との思いがあって、冷静な視点で自分を見て来た、ような気がする。
「そういう人なんですよ、あなたって。でも、吐き出したい時にはきちんと吐き出さないとね」
心療内科の主治医にも、以前から言われていた。

きのう、夫は夫なりの方法で、受け止めてくれたみたいだ。
久しぶりに、ゆっくり寝た。眠れた。

少しずつ、チビの元気だった頃の思い出も、語っていこう。
初代猫を不慮の事故で亡くし、自責の念で落ち込んでいたわたしを救ってくれたのが、当時子猫だったチビの成長だった。ひざの上で眠る幼い子猫の温もりは、なにものにも代え難い慈愛の情をわたしの中から引き出してくれていた。

病気になってからのチビは、ほんとうに子猫のときのように、わたしにまっすぐな目を向けていた。痩せて小柄になった、その姿は、童(わらべ)のようだった。
初代猫の魂が、きっとこの子を守ってくれる、そう信じていた頃の姿にもどっていた。

亡くなった猫たちは、その姿を消しても、わたしと夫のなかに、生き続けている。
いまも、そして、これからも。

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2009.11.30

ときは、過ぎ行く

霜月晦日。

先月連絡のあったリースアップ物件の返納、2件とも無事終了。
やっと肩の荷が降りた。

明日からは、師走。
チビが亡くなる前日まで食べていたフードの空き缶を、明日の朝出す収集袋に詰めた。
チビが生きて来た痕跡が、またひとつ消える。

淋しさがまたひとつ増え、そうやって、ときは過ぎて行く。
いやおうもなく、過ぎて行く。

物は消えても、記憶は残る。
日常の流れの中に紛れても、いつの日か、ふっと心の底から湧いてくる。
しあわせだった頃の思い出とセットになって。

明日からは、師走。
こころの中のリセットボタンが、ちいさな音をたてて、鳴った。
、、、、ような気がする。

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2009.11.26

ペットロス症候群

一昨日、毎月の心療内科の診察を受けに行った。
薬を処方してもらうために、診察を受けることが不可欠となって半年になる。
一昨日は、チビ逝去の報告も兼ねて、話していたのだが、話している途中で気がついた。
どうやら、こういうのもペットロス症候群の症状のひとつらしいと。

夫がいる間は、なんともない。
だが、仕事にでかけた途端、落ち込みが来る。
夜飲む睡眠導入剤とは、別にドラッグストアで買ってきた睡眠改善剤を1錠のみ、横になる。
夫が帰ってくるまでに、2時間ほどは、それで眠れる。
落ち込んでいた気持ちが、すこし薄らぐような気になる。

主治医が、いつも処方している導入剤を効いている時間の長い薬に替えてくれた。
チビの介護中から、睡眠時間が短く、不規則になっていたからでもあるのだが。
それでも、チビがいたときは、まだよかった。
気持ちに張りがあったから。

いまのこの状態が、新たに処方された薬によって改善されるか否か。
まだ、わからない。

初代猫が事故で逝ったときは、罪悪感から抜け出すのに、2〜3ヶ月かかった。
あのとき、ひざの上で眠っていた子猫がチビ。

事故の4日前に拾った、それは偶然の出会いだったのか、それとも神様のはからいだったのか、それはわからないけれど、しかし、ひざで眠る子猫の温かみに、少なくともわたしは癒されていた。
チビを見ていると、初代猫を育てた記憶が、次から次とあふれてきて「こんなこともあった、あんなことも、、、」と夫との話は尽きることがなかった。
チビは、だから、それを子守唄のように聞いて育っていったのだ。

子供に恵まれなかったわたしへの、神様からの贈り物。
初代猫も、ミミも、そして、チビも。

子猫を育て、彼ら彼女らの死を看取り、命の受け止め方を、学ばせてもらった。
ことばでわからない分、心で受け止めるしかない。
彼らは彼らなりに、一生懸命に訴え、わたしは謙虚に、真摯に、それを受け取った。

心の躍動も、哀しみも、淋しさも、それら全部ひっくるめて、命の重さを知った。
身を以て。

神が与えてくれるハードルを、わたしは乗り越えねばならない。
どんなに時間がかかろうとも。

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2009.11.17

眠れない夜、雨の1日

昨日は、午前中にペット葬儀社の方が来てくれたので、箱に収めたチビを託し、見送った。
しばし横になっていようと布団に入ったとたん、安堵と疲れのためか、眠ってしまったようだ。

ここ何ヶ月か、張りつめていたものが、ぷつっと切れた。
なのに、昨夜は眠れなかった。
睡眠導入剤も効かない。

16年間、わたしのパソコンルームのどこかにチビの気配があった。
それがなくなった。

朝、夫が出かけてから、また数時間眠った。
チビの気配はやはり、消えていた。

外は雨。
暗い灰色の空。
しとしとと雨音が絶えることなく聞こえている。

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2009.11.16

ありがとう チビ

11月14日 午後1時40分  チビ 永眠。

   16日  荼毘に付す。


たくさんの思い出を、ありがとう。
ミミに逢ったら、よろしくね!

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2009.11.15

1993年 秋

Chibi01_3

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2009.10.15

残された日々

いま、チビ(16歳のメス猫)は、電気ストーブの前で寛いで寝ています。

胃の下あたりにガンが見つかって、1週間。
しばらくおさまっていた嘔吐も、また水っぽい胃液をすこし吐くようになってきた。早朝、お昼と、今日は2回。それでも、ウェットフードは食いつきもいいし(食べられる量はほんの少しだが)栄養補給のために買ったカロリーエースプラス(ミルクよりやや濃いめの流動食、1缶85g入り)も、2〜3回に分けて、お皿に入れて与えるとペロペロとよく飲んでくれる。

体重は、2kg とだいぶ痩せた。
ことしの春頃から、軟便や下痢、嘔吐が治らず、3月に測ったときにはミミ(5月逝去)と同じく、3.3kg しかなかった。
それでも、当時はいまより食欲もあって、だから、ついついミミの世話にかまけて、獣医師さんには連れていけなかった。あれから半年、徐々にチビは体力を落としていった。

半年前に、診察を受けていても、2匹同時に世話してやることは出来なかったと思う。
チビにはすまないが、それが本音だ。

抗がん剤やステロイドの治療を提案されても、それを受ける経済的な余裕はなかった。
これも本音だ。

わたしにしてやれることは、彼女の余生をストレスなく、ゆっくりと過ごさせてやることだけ。人間でいえば80歳を超えた身体に負担をかけることなく、残された日々をともにのんびりと暮らそうと思う。

今日、バイト先の上司に事情を話して、仕事を続けるのは無理だと、やめさせてもらってきた。
正直、疲れていた。
朝のあわただしい時間をやりくりして、彼女らに餌をやり、身支度をして家を出る。
一歩、外に出たら、猫のことは忘れる。
それがもう、限界に、きていた。

たった週2日のバイトでさえ、心の重荷になっていた。
先週は、昼間のフルタイムの仕事を、午前中だけにしてもらった。
でも、そんな風にずっと融通してもらえるはずなどないことは、わたしにもわかっていた。


いま、チビは懸命に生きようとしている。
ミミのときと同じように、辛いとも痛いとも言わない。
懸命になって餌をねだり、おなかが満ちると、過ごしやすい居場所にもどって身体を休めている。ミミがそうだったように。

ミミのときと同じ餌に替えたら、不思議と下痢はおさまった。逆に便秘ぎみになって、困ったなぁと思っていた矢先、試しに与えたカロリーエースプラスが効いて、便秘も解消。
たまの嘔吐や、トイレでの粗相も、すぐに始末してやればいいだけだし(仕事に行っていたときは、それを放ったままにしておかねばならないのが苦になっていたから)わたしもストレスは溜めないでやっていける。

少しずつ少しずつ衰えていくであろう彼女の体力に寄り添って、生きていこう。
1ヶ月か、2ヶ月か、あるいはもっと短いか。

痩せて小柄になった彼女は、まるで家にきたばかりの頃の子猫に戻っていくみたいだ。
そうやって、神様のもとに帰っていく日まで、のんびり過ごそう。

ガンという病いと闘う道は、あえて選ばなかった。
末期の肺ガンで亡くなった母の苦しみを見ていて、わたしはさまざまなことを学んだ。

一番つらい思いをして苦しんだのは、とうぜん母本人だったが、看病のため付き添っていた家族も共に苦しんだ。つらい治療に耐えている姿を、そばで見ているしかない歯痒さ。
あれは、二度と味わいたくない。

言葉で訴える事をしない猫に対して、わたしがしてやれることはなんなのだろう?
いくらかでも、安心を与えることではないだろうか。
静かに見送る、その日まで。

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2009.06.04

ミミのいた場所


2階の廊下に置いてあるソファ。陽当たりのよい場所で風もよく通る。
ミミはよくそのソファのクッションの上で寝ていた。

きょう、クッションに残っていた猫たちの毛を、コロコロ(粘着テープクリーナー)でとってきれいにした。
姿は見えないけれど、もう声を聞くこともないけれど、ミミは「存在」している。
わたしの心の中に居場所をかえて、生きている。

日向ぼっこしたくなったら、またあのソファにおいで。
きれいにしておいたからね。

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2009.05.20

ミミがいた夏、1992年

Mimi4

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