2012.05.25

もうひとりの わたし へ

16歳のある日、父に言われた。
「おまえなんか、生まれてこなければ、よかったんだ」と。

母が、小学校の同窓会に誘われ、その打ち合わせの場で、結ばれなかった初恋の相手と再会した。それが家庭崩壊の始まりだった、とは、16歳の、まだこどもだった私は、気づくことができなかった。
砂上の楼閣は、少しずつ、少しずつ、崩れていった。

幼いわたしが、母の涙を見て、言ったそうだ。
おかぁちゃんの目から水がこぼれている、と。

1歳で肺炎をおこしたとき、母は一晩中、熱の下がらない私を寝ずに抱きかかえていた、と言った。
階下では、会社の人たちと麻雀に戯れる父の声が聞こえていて、
このまま、この子は死ぬのかな、と。

わたしが3歳のとき、弟が生まれた。
そのときの記憶は、いまも鮮明にある。
お産婆さんが、わたしと父と兄を、手招きして、うなずきながらにっこり笑ってくれた。

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2010.08.15

生成と破壊

盂蘭盆。

けさ見た夢。曼荼羅が壁や天井一面に描かれた寺院の中で、なにか儀式のようなものの中に居た。
小さな仏像が壊され、人々に分け与えられていく。

儀式の間、ずっと不思議な音色がきこえていた。

夢からさめて、あれはなんだったんだろうとグーグルで検索してみた。
ながい、ながい夢だった。

ユング心理学で、深層心理の中にある「まんだら」の意味を解説した文章に出会った。

精神の均衡を失った状態のとき、それを取り戻すためにイメージしたり、絵に描いたりするもの、らしい。本来、心の中にあるもので、目に見えるような曼荼羅図そのものには特に大きな意味はないそうだ。
思い当たるふしは、ある。

お盆だし、、、65年前に敗けた戦いのことがテレビでとりあげられていたし、、、
でも
読経とは違う、不思議な音色だった。

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2010.04.20

ことしのさくら

染井吉野の花見、大学病院に通うバスの窓から、毎日ながめていた。
5分咲きの花は、やがて満開を迎え、葉桜となった。

緊急入院となった夫は、血栓を溶かす点滴を1週間続け、幸いなことに今のところ、障害らしきものは現れていない。
CT、MRI、脳動脈の血流検査。眼科の検診。
あとは、念のため、循環器系の検査もやることになっている。

亡き義父が脳梗塞を起こした56歳に、夫もなっていた。
異常に気づいた職場の人の迅速な対応と、大学病院に隣接していたことで、すぐに処置が行われた。
運がよかったとしか言いようがない。


枝垂れ桜が満開を迎え、八重も咲き始めた。
ことしの桜は、わたしにとって忘れられないものになりそうだ。

退院して無事職場復帰が叶ったら、すこしずつ話してみようかな。
夫の病室からは見れなかった桜の話を。

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2009.12.31

今朝から雪になるそうな、、、

いまはまだ雨だけど、早朝から雪にかわるらしい。
大晦日、元旦と雪の予報が出ている。

チビ、49日は雪の中だね。
ラク(初代猫)が空の上で「白い、フワフワの、ほら、コレ! なぁに?」って、舞い降りてくる雪の結晶をつかまえようと、一生懸命、一生懸命、あそんでいるかもしれないよ。

チビは知らないよね、まだラクが生後6ヶ月くらいのこどもの頃のことだもの。
でも、白い大きな猫がいたことは覚えてる?
うん、あれがラク。

あなたが来て、4日後に事故で、お空に召されたの。
だから、まだ名前のついていなかった、あなたのカルテに「ラク」の名前を残したの。
動物病院では、ラクちゃんって呼ばれていたから、不思議に思ってたかもしんないね。

ちいさかったあなたは成長しても、わたしの膝の上で眠るのが好きだった。
だって、そうやって育ったんだもんね。
あなたの寝顔、あなたの温かさ、     救いでした、わたしにとって。

未生とミミが、わたしの中では重なるように、チビ、あなたとラクは切っても切れない連続した思い出のつながりの中にあるんです。
動物病院で「ラクちゃん、どうぞ」って呼ばれる度に、ちいさかったあなたの中にラクの面影を追い求めていた記憶がよみがえっていたこと、そうやって哀しみから愛しさに気持ちを昇華させたこと。最後に病院に行ったときは、もう子猫の頃の体重に戻っていたね。
あなたとの出会いと別れは、まるでメビウスの輪のように、わたしの中ではつながっています。

雪が舞う空をのぼっていくあなたを、下界から見送りますね。
泣くかもしれないけど、笑わないでね。
真っ白な街を、あなたが過ごした街を、空から眺めてください。

でもさぁ、猫の時間と人間の時間って、過ぎる速さが違うんだよね。
ってことは、もう、とっくにお空に行っちゃってるのかな?
ま、わたしはわたしの時間感覚で、あなたを見送ることにします。
(一応、人間世界ではそういうことになってるみたいなので)

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2009.12.21

もう泣いてもいいのかな、、、

今朝、10時にかかりつけ医(心療内科)の診察を受けて来た。
昨年から、制度がかわり、月に一度受診することが義務づけられ、30日分の処方箋が出るかたちになった。

主治医とのつきあいも、もう10年くらいになる。
ひとつ年上の、さっぱりした性格の女医さんなので、なんでもざっくばらんに話せる。カウンセリングというより、愚痴を聞いてもらったり、世間話をしたりという間柄。

チビの49日が近づいて、睡眠障害もいくらか回復傾向にある。
先月は、落ち込みが激しく、現実逃避のため、とにかく日中でも布団に入って眠っていた。

最近でも、まだその習慣は残っているが、逃避のためではなくなってきた。
いま居る3匹のために、生きていくため。
夫を支えて、生きていくため。

一生懸命、生き抜いてくれたミミやチビに、感謝の気持ちを贈るため。

だから、もう泣いてもいいよね。
涙、流してもいいよね。

うん、心のどこかで、ストッパーかけて、泣くことを避けていたんだと思う。
泣いたら、潔く逝った彼女らに申し訳ないような気がして。
でも、もういいよね。許してくれるよね。

時折、雪が舞うけど、それ以外は、青空が顔を見せる。
きれいな、きれいな、澄み切った青空です。
雪の日だからこそ見れる、きれいな空です。

ミミやチビの、澄み切った瞳みたいに。

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2009.12.17

雪雷(ゆきがみなり)

早朝から雪。
北陸特有の雪雷も鳴りだした。

チビは、雷が苦手だった。
音が鳴り始める前から、大あわてで本棚の奥(裏の隙間)に逃げ込んで、鳴り終わっても出てこなかった。犬ほどではないが、猫の聴覚も感度がいいらしく、人間には聴こえない音が聴こえるらしい。
だから、ピカッと光がきて、ゴロゴロ鳴りだす前には、もう安全なところでじっと隠れていた。

チビが逝って、1ヶ月が経った。
きのう、やっと夫に想いのたけを吐き出せた。
胸の中の奥深いところにくすぶっていたものも、すべて吐き出してしまった。
ミミとチビを続けて亡くした哀しみを共有できるのは、やはり、夫しかいない。
でも、仕事で疲れている様子を見ると、つい遠慮してしまい、想いは自分ひとりで抱えてきた。

ブログで、文章で表すときも、なるだけ感情的にはならないように、との思いがあって、冷静な視点で自分を見て来た、ような気がする。
「そういう人なんですよ、あなたって。でも、吐き出したい時にはきちんと吐き出さないとね」
心療内科の主治医にも、以前から言われていた。

きのう、夫は夫なりの方法で、受け止めてくれたみたいだ。
久しぶりに、ゆっくり寝た。眠れた。

少しずつ、チビの元気だった頃の思い出も、語っていこう。
初代猫を不慮の事故で亡くし、自責の念で落ち込んでいたわたしを救ってくれたのが、当時子猫だったチビの成長だった。ひざの上で眠る幼い子猫の温もりは、なにものにも代え難い慈愛の情をわたしの中から引き出してくれていた。

病気になってからのチビは、ほんとうに子猫のときのように、わたしにまっすぐな目を向けていた。痩せて小柄になった、その姿は、童(わらべ)のようだった。
初代猫の魂が、きっとこの子を守ってくれる、そう信じていた頃の姿にもどっていた。

亡くなった猫たちは、その姿を消しても、わたしと夫のなかに、生き続けている。
いまも、そして、これからも。

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2009.11.30

ときは、過ぎ行く

霜月晦日。

先月連絡のあったリースアップ物件の返納、2件とも無事終了。
やっと肩の荷が降りた。

明日からは、師走。
チビが亡くなる前日まで食べていたフードの空き缶を、明日の朝出す収集袋に詰めた。
チビが生きて来た痕跡が、またひとつ消える。

淋しさがまたひとつ増え、そうやって、ときは過ぎて行く。
いやおうもなく、過ぎて行く。

物は消えても、記憶は残る。
日常の流れの中に紛れても、いつの日か、ふっと心の底から湧いてくる。
しあわせだった頃の思い出とセットになって。

明日からは、師走。
こころの中のリセットボタンが、ちいさな音をたてて、鳴った。
、、、、ような気がする。

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2009.11.26

ペットロス症候群

一昨日、毎月の心療内科の診察を受けに行った。
薬を処方してもらうために、診察を受けることが不可欠となって半年になる。
一昨日は、チビ逝去の報告も兼ねて、話していたのだが、話している途中で気がついた。
どうやら、こういうのもペットロス症候群の症状のひとつらしいと。

夫がいる間は、なんともない。
だが、仕事にでかけた途端、落ち込みが来る。
夜飲む睡眠導入剤とは、別にドラッグストアで買ってきた睡眠改善剤を1錠のみ、横になる。
夫が帰ってくるまでに、2時間ほどは、それで眠れる。
落ち込んでいた気持ちが、すこし薄らぐような気になる。

主治医が、いつも処方している導入剤を効いている時間の長い薬に替えてくれた。
チビの介護中から、睡眠時間が短く、不規則になっていたからでもあるのだが。
それでも、チビがいたときは、まだよかった。
気持ちに張りがあったから。

いまのこの状態が、新たに処方された薬によって改善されるか否か。
まだ、わからない。

初代猫が事故で逝ったときは、罪悪感から抜け出すのに、2〜3ヶ月かかった。
あのとき、ひざの上で眠っていた子猫がチビ。

事故の4日前に拾った、それは偶然の出会いだったのか、それとも神様のはからいだったのか、それはわからないけれど、しかし、ひざで眠る子猫の温かみに、少なくともわたしは癒されていた。
チビを見ていると、初代猫を育てた記憶が、次から次とあふれてきて「こんなこともあった、あんなことも、、、」と夫との話は尽きることがなかった。
チビは、だから、それを子守唄のように聞いて育っていったのだ。

子供に恵まれなかったわたしへの、神様からの贈り物。
初代猫も、ミミも、そして、チビも。

子猫を育て、彼ら彼女らの死を看取り、命の受け止め方を、学ばせてもらった。
ことばでわからない分、心で受け止めるしかない。
彼らは彼らなりに、一生懸命に訴え、わたしは謙虚に、真摯に、それを受け取った。

心の躍動も、哀しみも、淋しさも、それら全部ひっくるめて、命の重さを知った。
身を以て。

神が与えてくれるハードルを、わたしは乗り越えねばならない。
どんなに時間がかかろうとも。

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2009.11.17

眠れない夜、雨の1日

昨日は、午前中にペット葬儀社の方が来てくれたので、箱に収めたチビを託し、見送った。
しばし横になっていようと布団に入ったとたん、安堵と疲れのためか、眠ってしまったようだ。

ここ何ヶ月か、張りつめていたものが、ぷつっと切れた。
なのに、昨夜は眠れなかった。
睡眠導入剤も効かない。

16年間、わたしのパソコンルームのどこかにチビの気配があった。
それがなくなった。

朝、夫が出かけてから、また数時間眠った。
チビの気配はやはり、消えていた。

外は雨。
暗い灰色の空。
しとしとと雨音が絶えることなく聞こえている。

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2009.11.16

ありがとう チビ

11月14日 午後1時40分  チビ 永眠。

   16日  荼毘に付す。


たくさんの思い出を、ありがとう。
ミミに逢ったら、よろしくね!

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